建設業の労災保険適用等手続きで誤りやすいポイント!
「思い込み」や「勘違い」…
労災保険は,手続業務の中でも重要なものの1つです。しかし,時に間違った思い込みや,勘違い等で適用等が誤っていることがあります。
建設現場の労災の誤りについて、典型的なものや、ちょっと注意が必要なものを挙げたいと思います。
工事現場の労災保険
建設工事の場合、元請けが労災保険をかければ下請けはかける必要がなく、元請けの労災保険が工事現場全体をカバーすることとなります。しかしながら、建設工事現場で被災したものすべてがその現場の労災保険の対象となるわけではなく、次のような場合には、現場の労災保険の給付対象とはなりません。
通行人が被災した場合
工事現場の下請けの労働者として労働に従事しているわけはないので当然です。労災保険を請求して給付を受ければ、不正受給となります。
生コンクリート車(コンクリートミキサー車)の運転手が被災した場合
生コンクリート車は、生コンプラントで製造された生コンクリートを現場に運送してくるもので、その運転手は他の建設機材を工事現場に搬入する運送会社のトラックの運転手と同じです。下請けではないので、当該運送会社の労災保険によることとなります。
警備員が被災した場合
警備員は、工事現場でダンプ等の出入りや通行人の整理等を行っていますが、下請けの労働者ではありません。そのため、被災した場合には当該警備会社の労災保険によることとなります。
重機がオペレーター(運転手)付きリースの場合で,オペレーターが被災した場合
重機は移動式クレーンが典型です。重機のリース契約では、移動式クレーンは非常に高額なので、オペレーター付きで現場に来るのが普通です。このため、オペレーターが被災した場合には、当該リース会社の労災保険によることとなります。
しかしながら、オペレーター付きリースも建設業法上は下請けの扱いなので、現場の労災保険が使える場合もあります。労働基準監督署に個別に確認するほうがよいでしょう。
下請けが一人親方の場合
「一人親方」とは、労働者を雇っていない事業主です。労働基準法上の労働者ではないので、工事現場内で作業に従事していて被災しても,労災保険給付の対象とはなりません。下請けが上位の会社に無断で再下請を使用していて,それが一人親方の場合には、被災した後になって労災保険の対象とならないことに気が付くということがあります。
藤沢労働基準監督署長事件(最一小判平19.6.28)において、木造住宅建築工事に従事する大工について労働基準法上の労働者ではないとして労災保険の不支給決定をした労働基準監督署長の処分を、適法としています。
しかし,その一人親方が労災保険に特別加入をしていれば、労働者であるか否かを問うことなく労災保険給付の対象となります。
建設工事の瑕疵工事における災害
建設工事は,一括有期事業の場合と単独有期事業の場合とがありますが、いずれにせよ、工事が完了すると施主(発注者)に引き渡し、労働基準監督署で労災保険料の精算を行います。ところが、引渡し後に雨漏りや漏水、立体駐車場の機械の動きがおかしい等々の不具合が生じることがあります。建築工事のみならず、土木工事や設備工事でも同様の不具合が生じることがあります。不具合の態様は様々ですが、その補修として建設会社が無償で工事を行うことがあり、「瑕疵工事」とか「保証工事」と呼ばれています。
この工事に従事した労働者が労働災害や通勤災害に被災することがありますが、この場合、どこの労災保険を使うのでしょうか。
実は、単なる出張作業というべき程度のもの、例えば半日程度のごく短時間で終わる水道工事などであるならば、その会社の労災保険によることとなります。しかし,「工事」となると、一般的には元々の本体工事の時の労災保険番号で労災給付請求をすることとなります。
その結果として、その現場にメリット制が適用されている場合には保険料の再計算が必要となり、保険料の追加納付が生じることがあります。
また、当該工事現場が全工期無災害表彰の申請をしていた場合には、表彰状を返還しなければならない場合があります。返還しなくてよいのは、休業災害がなく、かつ、身体障害等級に該当する障害が発生していない場合です。
現場の保険料の精算終了後という手間もあってか、時として元請けの責任者から負傷した労働者の所属する下請けに対し「おまえのところでやっておけ」と処理を押し付けてしまうことがあり、労災かくしにつながることがありますので要注意です。
通勤が業務災害となる場合
業務災害と通勤災害とは、労災保険給付で言えば、給付の名称が異なるだけで基本的に給付内容は同じです。後者には、事業主の責任ではないことから、被災者に一部負担金(200円)があるだけの違いのように思われます。
しかし、労働者死傷病報告の提出や、労働基準法における解雇制限、事業主の安全配慮義務(損害賠償請求)の点で違いがあります。
通勤行為であっても、次の①~④は労災保険法上「業務災害」として扱われ、労働者死傷病報告の提出も必要となります。この場合、その行為の時間中について賃金支払いの対象となっていたかどうかは関係ありません。
- ① 会社の車を運転中に被災した場合
- ② 会社が提供する通勤手段(通勤バス等)に乗車中の災害
- ③ マイカー通勤だが,事業主の指示(明示または黙示の)により他の労働者を便乗させていた場合の災害
- ④ マイカー通勤だが,業務で使用する機材等を積んでいた場合の災害
休業災害の場合の最初の3日間
労働者が休業災害に遭った場合、労災保険からの休業補償給付は、最初の3日間は支給されず、4日目以降が対象となります。そのことから、事業主によっては最初の3日分を支払わずに放置している例があります。
しかし、元々の労災補償義務を定めた労働基準法76条1項において,休業補償について「労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の100分の60の休業補償を行わなければならない」と定めています。ここには、「最初の3日分を除く」との記載がありません。すなわち、事業主に全日数分の支払義務があるものです。なお、本条違反には罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)があることにも注意が必要です。
示談書と労災保険給付
労災補償が必要な災害のうち、被災の程度が大きいものの典型例としては死亡災害がありますが、示談または民事訴訟により損害賠償請求が行われます。
示談については、示談書の写しを労働基準監督署長に提出するように指導されています。というのは、示談の金額により労災保険からの支給が停止されたり制限されたりする場合があるからです。場合によっては、すでに支給された分について回収されることもあります。
このことを理解しないで示談している例があります。示談した金額とは別枠で労災保険から支給されると思い込んでいる例です。そのため、支給停止や回収が行われると,労働者側に「そんなはずではなかった」と,会社に対する不満が生じることとなります。
労働基準法75条以下において、災害補償について定められています。そして、84条1項では、「この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる」と規定しています。
さらに2項では、「使用者は、この法律による補償を行った場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる」と規定しています。
本来の使用者の無過失責任である労災補償について、労災保険からの給付があれば、その分の支払いはしなくてよいわけです。
労災保険は、本来使用者が支払うべき補償を、一定の限度で保険制度として給付しているものですから、示談においてすべての損害を支払うこととなれば、労災保険から支払うものはなくなるということになります。
示談を行う前に労働基準監督署に相談することが大切です。